【読書記録】オペラの誕生~バロック後期末のオペラ史(1598~1730)

今回読んだのは、
「イタリア・オペラ史」
出版:音楽之友社 著者:水谷彰良


平成も残すところ3日となった本日2019年4月28日は、かめさんの家族とステーキレストラン、ビッグボーイで食事しました!
その後、みんなと図書館に行き、つる以外のみんなは、旅行へ!
車が苦手なつるは、図書館で本を借り、家で読むことにしました。

今日は、以下の章についてレポートします♪
1.オペラが誕生(1598年)するまで
2.初期バロック(1600~1630年頃)の宮廷オペラ
3.中期バロック(1630~1680年頃~)のイタリア・オペラ
4.後期バロック(1680~1750年頃)のイタリア・オペラ

オペラが誕生したのはイタリア、フィレンツェ。

16世紀フィレンツェではメディチ家やエステ家が宮廷で
楽器演奏、歌唱などを専門的に受け持つ「職業音楽家」を雇い、結婚祝賀会や後継者生誕祝賀歳で演奏させていたそうです

<参考地図> ※作成者:つる

最初のオペラが誕生したのも、フィレンツェ。メディチ家の分家のコジモ1世の2代後のフェルディナンド・デ・メディチの婚礼祝賀会が模様された1598年です
ここで上演されたオペラ「ダフネ」は、音楽に精通する詩人によって古代ローマの詩人オウディウスの「転身物語」を基づいて書かれました。

この時代に活躍したのがモンテヴェルディ
代表作は、「オルフェオ」(出典は上述の「転身物語」)

オルフェオとエウリディーチェの結婚式直前、エウリディーチェが毒蛇に噛まれて死んでしまう。嘆き悲しむオルフェオを哀れに思った神々によってオルフェオはエウリディーチェを取り戻すために、黄泉の国へ行き、妻を取り戻すことを許される。しかし、そこで冥界の王からの「地上に戻るまで妻を振り返らない」という条件を出されたにも関わらず、妻の姿を見てしまったため、夢破れてしまうという物語

フィレンツェに続いて、オペラが広まったのがヴェネツィアです
ヴェネツィアでは、1637年より貴族たちがこぞって商業劇場を建設したため、オペラが民衆に広まりました。その結果、オペラ自体も、貴族がより好むドラマ(詩)中心のオペラから、大衆がより好む音楽中心のオペラに変化します

一方、聖職者の間では、オペラが大衆化することについて、劇場においてふしだらな行為が行われていることを背景に批判もありました。(もちろん、劇場の中で、貴族と大衆では鑑賞する場所が分かれています)

ヴェネツィア流オペラが定着すると同時に、新たにナポリ(1644~)・ジェノバ(1645)でもオペラが上演されるようになりました。特に17世紀末には、ナポリでは、ヴェネツィアと比肩するほどの実力派オペラが多く生まれます。

ここで、話をイタリア以外に移します。

1598年に最初のオペラがフィレンツェで上演された、27年後の1625年、
ヴェネツィアと関係が深かったオーストリアのウィーンにイタリア語のオペラが持ち込まれます。
ウィーンでは、教会音楽家であったフックスによって20作の歌劇が上演されました。

ドイツでは、最初の商業オペラ劇場が建設された年の翌年1688年にハノーファの宮廷楽長となったアゴスティーノ・ステファニが17作の歌劇を上演します。

ロンドンでは、ドイツ人でありながらイギリスに帰化した教会オルガニスト・ヘンデルによって1706年∼1709年にかけて、オペラ2作品と多数のカンタータが作曲されます。さらには、ヘンデルのライバルであったポルポラも同時期に多数のオペラを書きます。しかし、資金援助をしていた団体の相次ぐ経営破綻で、イギリスオペラは1度途絶えてしまいます。実はロンドンには1600年代中頃に一度イタリア・オペラが入ってきたのですが、イギリスには既に宮廷仮面劇・別名マスクが定着しており、オペラが受け入れられにくい状況だったため、ヘンデルが現れるまでは、オペラの上演はあまりなかったのです。演劇に対する国民の根強い人気もオペラの流入を妨げたようです。

最後に、バロック後期のオペラにおいて大変重要な声楽的要素の特徴について記録しておこうと思います。

バロック後期になると、アリアの技巧性や装飾性が顕著になります。(アリアとは、豊かな旋律と共に歌われる独唱曲を指し、歌い手の歌唱力を披露する場面でもある、と考えられています。)これは、ヴェネツィアにおいてオペラの大衆化が起こり、人々の関心が好むドラマ(詩)から音楽へと変化したことの延長にあるようです。人々は、アリアへの関心を高めていったのです。

アリアの技巧性や装飾性の例として、ある音と一つ上の音を交互に行ったり来たりする、強弱の変化を頻繁に行うなどが行われました。カストラートの全盛期とも言われ、彼らの柔軟で力強い歌声が女性パートの歌い手として重宝されました。
また、ヴェネツィアではヴィヴァルディが感情表現豊かな器楽曲を多く完成させました。

※カストラートとは、変声期直前に声帯を去勢した男性歌手のことです。宗教的に女性が歌うことを禁じたローマで登場したようです。

 

長~くなってしましたが、
オペラ誕生の背景や初期オペラの発展を学び、記すことができて満足です。高校時代に音楽の授業で習っていたこともあり、無理なく読むことができました♪

続きはこちら↓

オーストリアとナポリのオペラ(1731~1770)