ドヴォルザーク「スラブ舞曲」第2集(Op.72)第2曲

ピアノで練習に練習を重ねたスラブ舞曲 第2集第2番

チェコの作曲家ドヴォルザークが「ソウセツカー」というチェコの舞曲を反映させたピアノ連弾曲。(後に管弦楽に編曲される)

スラブ舞曲第2集は全部で8曲ありますが、2曲目が特にお気に入り↓

ソウセツカー」が最も顕著なのが1分26秒以降のところでしょうか。

ソウセツカー」は男女のペアでゆっくりと踊られる、チェコの舞曲。

スラブ舞曲第1集でも「ソウセツカー」を取り上げました↓

ドヴォルザーク「スラブ舞曲集」第1集(Op.46)第4曲

ところでスラブって何を示すのでしょうか?
学問的に曖昧な部分が多いため、現在は、言語的・地域的な意味合いが強いようで、以下の地域がスラブ諸国と呼ばれています。

第一グループ(東スラブ):ロシア・ウクライナ・ベラルーシ
第二グループ(西スラブ):ポーランド・チェコ・スロバキア
第三グループ(南スラブ):スロベニア・クロアチア・セルビア

一方、「汎スラブ色」と呼ばれる赤・青・白の3色国旗は民族運動的な側面を持っています。

汎スラブ色」は1848年、チェコ人によって招集された、第一回汎スラブ会議にて決定されます。この会議は、「汎スラブ主義」というバルカン半島の民族独立という思想が基になっています。

こうして聞くと、汎スラブ思想はあたかもチェコ人が中心になって打ち出したかのようですが、最初はスロバキアで始まった思想で、チェコに持ち込まれたようです。スロバキアはチェコ人より少数だったため、チェコ人との同化を恐れて発展しなかったそうです。

この会議に参加していないのが、ポーランド。ポーランドは、多文化主義を採用していたため、民族主義的な思想とは相容れなかったようです。そのために、」ポーランドの国旗は赤白の2色なんですね。

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さて、歴史の話が長くなってしまいましたが、作曲者のドヴォルザーグの話に移りたいと思います!

ブラームスのハンガリー舞曲の成功を受けて、出版社から依頼を受けて作曲したというこの曲の完成度はブラームス顔負けの素晴らしい出来栄え。

※ブラームスは出版社を紹介するなどドヴォルザーグを積極的に支援した。

1891年(50歳)、ドヴォルザーグは、その後の多くの作曲家がたどった道と同じく晩年に渡米、ニューヨーク音楽院で教鞭を取ります。(本人の希望ではなく、誘いを引き受けた。)

交響曲第9番「新世界」は彼がアメリカに渡った時期の作品です。

 

こちらは、さすがアメリカらしい自由な作風を感じます。
曲の出だしは、まるでポカホンタスの世界。アメリカ大陸に初めて渡った人たちの興奮を表しているかのようでした。

当時は、アメリカはクラシック音楽に関しては発展途上の国。伝統を後世に受け継ぐのみでなく、大陸を超えて多くの人々にクラシック音楽の感動を届けてくれたドヴォルザーグに乾杯♪

ドヴォルザーグの他の曲についてはこちらもご覧ください↓↓

ドヴォルザーク「ユーモレスク」第7曲変ト長調