作曲家・ピアノ奏者としてのみならず、民族音楽研究家として精力的に活動したハンガリー(現ルーマニア)出身のバルトークとその楽曲「ルーマニア民族舞曲」を紹介します。
11月, 2019
作曲家・ピアノ奏者としてのみならず、民族音楽研究家として精力的に活動したハンガリー(現ルーマニア)出身のバルトークとその楽曲「ルーマニア民族舞曲」を紹介します。
身分差&歳の差&宗教の差の三重違いの結婚を乗り越え、共に人生を歩んだ妻、アリスに捧げた一曲。
女性に人気の曲だそうで、ピアノ独奏版、ピアノとヴァイオリン用、小編成の管弦楽の楽譜などを残したそうです。
「スラブ舞曲集」(1878)は、チェコの作曲家アントニン・ドヴォルザークが、同じくチェコの作曲家ブラームスの交響曲「ハンガリー舞曲」の成功を受け、出版社から依頼されて作曲した曲です。
マラッツ(1872~1912)は、スペインのピアニスト、作曲家でした。
有名な曲は多くありませんが、「スペイン風セレナード」は、ギター愛好家の間では名曲としてランクインしています。
アラブ情緒溢れる曲です!作曲者のタレガは、ギター独奏の基礎を築き上げた作曲者およびヴィルトゥオーゾ(超絶技巧を伴う曲の奏者)です。
伴奏楽器のとして扱われていたギターが、今日ではれっきとした独奏楽器となったのも、タレガの貢献によるものが大きいのだそうです。
米国で倍率5%を下回る※音楽学校がフィラデルフィアにあると聞き、調べてみたら本当にありました!その名もカーティス音楽院。ある調査では米国一の競争率を誇るらしいです。
「ゴリウォーグのケークウォーク」は、ドビュッシーが唯一授かった子(娘)であるエマに捧げられました。
「子供の領分」(全六曲)の第六曲目で、大人が子供の世界に浸れるような曲として作曲したそうです。
今日はモンティ(1868~1922)という作曲家のヴァイオリン楽曲「チャルダーシュ」と共に、ハンガリーとチェコのモラヴィアの伝統音楽を紹介します♪
今日は、グルックのオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」の第二幕に登場する「精霊の踊り」(編曲版:「メロディ」)を聴きました。
美しい旋律が、平和な世界を奏でます♪
「精霊の踊り」は、グルック(1714~1787)の代表作として知られています。後にクライスラーがヴァイオリンに編曲し、「メロディ」というタイトルをつけました。
オペラ「オルフェオとエウリディーチェ」(1762)の第二幕、天国でオルフェオがエウリディーチェを発見する時にエウリディーチェの周りにいる精霊たちが平和を讃えて踊っている場面に歌われます。
夜想曲にも見られる、見たたものをそのまま音で表現する、という彼の信念がよく表れていると思います。なんと、楽譜の表紙には、本人が浮世絵「富嶽三十六景」を採用したそうです。

≪引用≫https://creativepark.canon/jp/contents/CNT-0023421/index.html
少年時代に南仏カンヌに滞在したことがあり、海に魅了されたとされるドビュッシー。
成長してからも、イギリス海峡を臨むフランス北部の海岸、プールヴィル(Pourville -sur-Mer)で過ごす習慣があったようです。※画家クロード・モネの油絵に度々登場する場所でもあります。
※参考文献:青柳いづみこ ドビュッシー最後の1年 https://webfrance.hakusuisha.co.jp/posts/124)
8:55~あたりの海の壮大さを思わせる力強い演奏が印象的です↓
セルゲイ・ラフマニノフ(1873~1943)が30歳の時の作品。前奏曲集の中では、5番ですが、一番最初に完成(1901年)した曲で、その後、1910年までに24曲全て完成したそうです。
「イタリアン・ポルカ」や「パガニーニの主題による狂詩曲18変奏」でラフマニノフに親しみを覚えたつるかめの心を次に捉えたのは、「前奏曲ト短調」。
セルゲイ・プロコフィエフは、チャイコフスキーの半世紀後のロシア(現ウクライナ)出身の作曲家です。
「ハンガリー舞曲集 第1集 第5番」(1869年)は、つるかめがピアノで連弾に挑戦を試みたいと思っています♫ 4手で弾くと、すごい迫力になるんですね!
つるの大好きな「交響組曲『キージェ中尉』」を紹介します!セルゲイ・プロコフィエフが1933年に映画音楽として作曲しますが、翌年、本人の手により、独立した交響曲として編曲され、出版されました!
交響組曲「キージェ中尉」第四曲「トロイカ」※↓
今日はフランツ・レハールのオペラ「メリー・ウィドウ」(陽気な未亡人)※で最も有名な曲の一つである「ヴィリアの歌」を聴きました。
※1905年ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場で初演される。
子守歌を彷彿させる、優しさに溢れたは、いつの時代にあっても人々の心を癒してくれることでしょう♡
「ヴィリアの歌」の内容は、森の妖精ヴィリアに恋をした若い狩人が恋心を歌う曲です。
実はこの内容は、オペラの内容とは無関係のもの。
それというのも、この曲は第二幕の冒頭でオペラの主人公である裕福な未亡人ハンナが自邸で催した宴会で客をもてなすために歌った曲であり、あくまでも客たちを楽しませるための曲だからです。
言語はドイツ語なのですが、英語版をいくつか見つけたので、それを元に、自分なりに日本語に訳してみました。
オペラ『ニュールンベルクのマイスタージンガー』のストーリーが大好きで、マイスタージンガーについてもっと知りたいと思い、彼らの生きた時代について調べました!
「メリー・ウィドウ」は、ウィーンやベルリンでヨハンシュトラウス二世(1825-1899)と活躍したハンガリー出身のドイツ人作曲家フランツ・レハール(1870~1948)の出世作でもあります。
1905年ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場(Theater an der Wien)での初演後、ロンドン、ニューヨーク、南米ブエノス・アイレス、オーストラリアに瞬く間に広がり、今なお愛される「メリー・ウィドウ」。
レハールのワルツもオペラの見どころの一つ↓
ドビュッシーが41歳の時の作品である「塔」は組曲「版画」(全三曲)のうちの一曲目。
二曲目はフランスを題材とした「雨の庭」三曲目はスペインを題材とした「グラナダの夕べ」です。
組曲「版画」第一曲「塔」↓
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メンデルスゾーン(1809~1847)は、ドイツの作曲家。38年という短い生涯の間に、ライプツィヒ音楽院の設立やライプツィヒにおける楽長としての活躍など多くを成し遂げました。