かめ(管理人の一人)は音楽の教養が全くありませんが、ミュージシャンになることを夢見ています。
今回は音楽の始めるための切り口として、ギターコードや五度圏表の仕組みを調査・考察した結果を記録に残します。
かめ(管理人の一人)は音楽の教養が全くありませんが、ミュージシャンになることを夢見ています。
今回は音楽の始めるための切り口として、ギターコードや五度圏表の仕組みを調査・考察した結果を記録に残します。
かめ(管理人の一人)には、音楽の知識や経験はほとんどありませんが、音楽がとても好きでミュージシャン(音楽家)になりたいという夢があります。
今回は「音楽について」のかめの初回の記事ということで、この夢との向き合い方について考えてみることにしました。
今回はエリック・サティの愛読書であったとされるルイス・キャロル作「不思議の国のアリス」”Alice’s Adventures in Wonderland”(1865)に登場する「いかれ帽子屋」(”The Mad Hatter”)を題材にした帽子屋(第3楽章)を紹介します!
「いかれ帽子屋」は一見どこにでもいそうな山高帽をかぶった(ちょっとお年を召した)紳士なのですが、アリスに対して、意味が無いうえに答えのない、なぞなぞ※を出し、アリスの機嫌を損ねます。
※一例に「なぜカラスは書き物机に似ているのか?」(Why is a raven like a writing desk?)がある。後に多くの人が自分なりの回答を公表している。
サティ3つの歌曲 帽子屋(第3楽章)↓↓
「カルメン」「真珠採り」※などビゼーのオペラは題材が異国情緒あふれていてどこか惹かれるところがあります!これらは今でこそ主要なレパートリーですが、作者であるビゼーは残念ながら全く注目されていませんでした。
チャイコフスキーの「くるみ割り人形」ファンのつる(筆者)が、今回、「人形」絡みでバレエ音楽「ペトリューシカ」を紹介します!
バレエ音楽「ペトリューシカ」はロシア帝国時代(1721~1917)にピアニストであり、作曲家でもあったイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882~1971)によって作曲されました。
1947年にロシア革命30周年記念行事用に作曲されたそうです。音の隙間から人々の歓喜が聞こえる気がします!そしてショスタコーヴィチならではの洗練されたメロディーが際立ちます。
『文学者の場合、外国の人に自分の作品を読んでもらうのは難しいことなんだ・・・(省略)どんかことがあっても、ここ(パリ)にいなさい』作家の井上靖さんが小澤征爾さんに掛けた言葉です。
小澤征爾さんの私の履歴書を読んでいたら、小澤さんが優勝したフランス・ブザンソンの国際指揮者コンクールの課題曲として「リュイ・ブラン」があったと書かれてあり、早速聞きました。
リュイ・ブランはメンデルスゾーンが、ヴィクトル・ユゴーの戯曲のために依頼されて作曲した曲です♫
メンデルスゾーン自身は、戯曲の内容を嫌っており、そのため短期間で仕上げたそうですが、そんな間に合わせの曲も、つるは感動しました~‼
ショパンは20歳頃、ワルシャワ音楽院で3年学び、ウィーンに旅立ちます。
その門出の曲と言われている「ピアノ協奏曲第一番」(1830年)を紹介します!
勉強や仕事中に聞くと、なかなか作業がはかどりますヨ!
2020年ショパン国際ピアノ・コンクール優勝者による「ピアノ協奏曲第一番」の演奏↓
「ウィーン気質」(直訳:ウィーンの血)は、2002年にニューイヤーコンサートで小澤征爾さんが指揮をされたウィンナーワルツです♪今でもウィーンの人々はウィーン市民であることを誇りに思っている人が多いと聞いたことがありますが、本当でしょうか?!
軽快なリズムと気品のある旋律が婚礼行事にぴったり♪
ロシア国民楽派で、元海軍将校であったリムスキー=コルコサフが脂が乗った44歳の時(1888年)に作曲したのが、4楽章の交響組曲「シェエラザード」。
楽曲の題名「シェエラザード」はアラビアンナイト(千夜一夜物語)の語り手として登場する若い女性です。
アラビアンナイトは、過去に女性に捨てられたという経験のトラウマから処女の虐殺を繰り返している王に対して、千一日に渡って面白い話を聞かせ続け、虐殺を免れたうえ、千一日目には子供が生まれ、王と結ばれるという説話集です。
異国情緒と冒険に満ちた世界アラビアンナイトの世界↓
シューベルトの歌曲「孤独な男」を紹介します!「孤独な男」という題名ですが、歌詞・音楽ともに、とても明るく爽やかな雰囲気があります。シ
フランツ・シューベルトと共に、ドイツ歌曲を語るうえで、欠かせない存在であるリヒャルト・シュトラウス。
「あおい(葵)」は彼の最晩年の歌曲として知られています。
漫然とした練習に陥らないように、効率的な練習の指南書です。
音大生の必読書としても英語圏で有名だそうです!
この22分に及ぶ大作は、元となっている詩が存在する他の4作の交響詩とは異なり、自らの発想で生み出されました。そのため、小規模なオーケストラ編成となっています。
初演は、1898年にマーラーの指揮でウィーンで行われました。
今日は、ドビュッシー晩年の歌曲を紹介します。
戦争が子供たちの生活に影を落とす時代が赤裸々と語られています。
今日は、「韃靼人の踊り」という愉快な曲を聴きました!
作曲したのはサンクトペテルブルク出身のアレクサンドロ・ボロディン(1833-1887)です。
ロシア・サンクトペテルブルクのマリンスキー劇場から依頼され、1862年に同劇場で初演されました。
チェコ国民楽派スメタナのオペラ「売られた花嫁」(1870)は、ブラームスのハンガリー舞曲集(1869)とほぼ同時期に作曲されたオペラ作品で、スメタナの最も有名な交響曲「わが祖国」の約10年前の作品です。